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私とブログ

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私がブログを始めたきっかけ

遅咲きの人生

1964年宮崎県の片田舎に生まれ育ち、小学校高学年までは、帰宅後ほぼ毎日友人と川遊びに明け暮れる。

剣道・テニス・サッカーと部活動を経験し、高校は進学校に入学するが、授業はうわの空で、サッカーに汗を流す毎日だった。

奨学金で授業料をまかない、福岡の大学に行くも、4人兄弟の長男だったため実家の家計は苦しく、すぐに仕送りも途絶え、講義が終わると直ぐ夕方から明け方まで工場でのアルバイトを続け無事卒業するが、

弟妹がまだ学生であったため企業に就職はせず、家業である建築内装業を手伝うことになる。25歳で2級建築士の資格を得るが、おもに新築住宅の内装仕上げの技術労働者として日々汗を流す。^^;

29歳で家内と出会い、29歳で結婚、30歳で建築内装業で自立し、長女が誕生。

2人の子宝(2女)に恵まれ、若さゆえ慌ただしくもあったが、平穏でささやかな、そして幸福な日々を過ごす。

やがて子供が成長するにつれて、色々な事情から、家族に伝えたいことが言葉だけでは上手く伝えられない状況が増えていった。(ウザがられ孤立)(笑)

ブログとの出会い

2002年頃日本でもブログが普及し始めたが、40歳を間近に控えた私には、ネット上に日記を書くなど必要のない事だと感じていた。2004年のライブドア事件で、初めてブログの計り知れない将来性が世に広く知られるようになって、やっと頭のどこかで意識するようになった。

その一方で、毎日では無いが元々日記を書く習慣があり、徐々に自分の日記とブログとがようやく頭の中でつながり始めた。

しだいに、インターネット上にブログ記事を書いて、間接的に伝えたい事を表現すれば、世代の違う娘達との交流も上手くいくのではないかと感じるようになり、仕事の合間に少しづつ、インターネット上でのブログの作り方を覚えていった。

おすすめ/ブログ入門の教科書

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アフィリエイトとの出会い

1996年にアメリカのアマゾンドットコムから始まったと言われるアフィリエイト。日本では1999年にバリューコマースにより広がり始めたらしいが、丁度その頃は働き盛りで、子育てや生活のために、体を動かせる本業に精を出す事はもちろん、マリンスポーツにも夢中で、とても忙しく、関心を持つ余裕など全く無い状況だった。

しかし、40代も後半になると、体力の衰えと共に、将来に不安と焦りを感じるようになり、転職か副業を考えるようになる。

その一方で、ネット上のブログに関する情報に交じり、ようやくアフィリエイターの存在を知る事が出来るようになり、その収入と自由度の高さに魅力を感じ、アフィリエイトに関する情報収集を始めた。

アフィリエイトとは、自分のブログ・サイト・SNSなどに、企業やASP(広告の仲介業者)の商品・広告を掲載する事を言い、

アフィリエイターとは、そのアフィリエイトで報酬を得ている人の事を言う。学歴や資格を求められることもなく、副業として空いた時間に作業が出来るのが魅力の一つで、その最大の魅力は、元手がほとんど掛からないという事だろう。

決断したタイミング

30歳で内装業で自立し、その後代表者としてビジネス社会を約20年近く経験してきた私にとって、アフィリエイトという仕入れ・人件費・経費等の元手が殆んど要らず、

Google・Amazon・Yahooその他の大企業から報酬が得られるビジネスに大きな魅力を感じた。パソコンとまだ少々の時間はある。少額のドメイン・サーバー代を支払えば、あとはやる気と根性の問題だ。しかも放置で副業が可能。

やり方次第では高額の報酬を得られ、本業として生計を立てる事も可能だが、仕組みがかなり複雑で、マニュアルも常に変化し続けるため、途中で挫折するケースも多いらしいが・・・

ローリスクハイリターンに出来るかどうかは、自分次第というわけで、ほかに魅力的な副業は見当たらないので、ダメもとでも取りあえずやってみる価値はアリと判断し、

自由と今後の豊かな人生を夢見て、副業ながらもアフィリエイトにも本腰を入れる事を決意する。

人生の転機

長女は既に就職し自立、次女も医療系専門学校を卒業し、無事就職した。時期はちょうどコロナ禍で、ハードだった仕事量も若干少なくなり、引きこもりに罪悪感をあまり感じない状況で、アフィリエイトの波にのるのは今しかない!!という感じだった。

若い世代の最先端を行くアフィリエイターからすれば、アフィリエイトはオワコンと言われ、すでに終わったという見方もあったが、将来に対する不安が少しでも解消できればと、

今まで以上に本業には真面目に対応しながら、好きなスポーツと趣味の時間を削り、夜間や現場作業の合間を見計らって、自分のブログのクオリティー向上やSEO対策に余力を注いだ。

本業以外にもより多くの情報に目と耳を傾けて、見識を広げる事が自己啓発に繋がり(実はボケ防止?)(笑)、

又、お役立ち情報を発信する事が、微力ながらも社会貢献になればと思い、好きなスポーツと趣味の時間を削り、空いた時間はほぼブログ執筆活動に充て、半分引きこもりながらも(笑)、没頭していく。

株式投資も再開

また、アフィリエイトから得る収入を最初からあてには出来ないと感じ、以前から少しづつ学習していた株式投資を、国内ではなく中・長期的な米国株式投資という形で再スタートさせた。

というのも、2000年頃から普及し始めたインターネット株取引で、デイトレーディングに魅力を感じ、書店でノウハウ本を購入し、半年程だったが実際に僅かな資産運用を経験したことがあった。

その当時は、60~70万円の手元資金でデイトレードし、一日で1~10万円の利ザヤを取れることも何度かあったが、

国内株なので、日中に相場にはりついて画面とにらめっこ状態で(笑)、しかも競争相手は、プロのトレーダーなので、油断した瞬間タッチの差で同じように何度か取り返され、

ちょうど本業も忙しくなり、とりあえずトントンで終了することにした。

振り返れば、今より若い時にとても貴重な経験ができたと感じているが、デイトレーダーは副業として放置で収入が得られるような生易しい職業ではないというのがその時の実感だった。

米国株式との出会い

インターネットのユーチューブ動画閲覧により、世界の最新の経済情報が頭の中を占める割合が多くなり、以前から登録しておいた楽天証券のホームページで、

米国で話題の銘柄や最新ニュースを検索すると、さらに今まで知ることのなかった様々な実情と世界最先端の情報がわかるようになり、

コロナ禍で下がり切り、上昇し始めたチャートグラフを見て、今しかないと、環境問題に対して期待できる米国と中国のEV自動車の銘柄を2件指し値で注文。

米国株式は、米国東部時間のAM9:30~PM4:00までが取引時間だが、日本との時差で日本時間のPM11:30~翌朝AM6:00が標準(サマータイム期間あり)の取引時間になる。

日本で米国株式投資をすれば、夜間寝ている間に株価が動いていることになります。さすがに夜中は眠いので、気合をいれて相場の画面にはりつくことは困難。

米国全体の株式市場は、日本とは比較にならないほど巨大で、業種によっては、日本よりも上昇率が高い傾向にある。

このように米国の株式投資は、関わるだけで大きな刺激となる上に、ビジネスのヒントにもつながり、日常がますます面白くなります。

健康維持のため、夜は早めに寝ることにして、翌朝に昨夜の結果を確認し、持ち株の最新ニュースなどを証券会社のホームページでチェック(30分弱)。

日中や夕方は本業やブログ更新に精を出し、夜はゆっくりくつろぎます。寝ている夜中に相場が変動するため、途中経過は、あまり気になりません。

夜中に放置したままで運用が出来るので、ブログアフィリエイトと同時進行が可能で、この二つは副業として持つのに非常に良い組み合わせではないかと感じます。

米国株式投資は、翌朝の結果を早起きして見るのがとても楽しみで、夜は早く寝る習慣にも繋がります。

結果は良い場合も有れば、悪い場合も有り、どちらにしても何故そうなったかを証券会社のサイトのニュースでチエックし、今後の対策としてメモし、学習します。

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